「記憶」という価値投稿日:2017/08/19

お盆休暇を頂き、広島へお墓参りに行ってきました。

広島には私の祖母が住んでおります。

 

子供の頃、夏休みは必ず広島へ泊りがけで、兄弟共々おじいちゃんおばあちゃんと一緒に過ごしていました

 

広島のちょっと田舎の落ち着いた立地に佇む祖母の家は、築約40年。

私が子供の頃は、周りは田んぼだらけだったのですが、今はかなり新築のお家が建ち、ご近所さんが増えたようです

 

しかし、庭の裏から見える景色だけは、今も昔も少しも変わらず残っています

とても落ち着く風景です

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この田んぼに飛び降りて遊んで怒られた思い出も・・・

 

おばあちゃんはとても物を大切にしているので、建物も部屋も、家具も食器も、

何から何まで昔から目にしてきたもので、入れ替わりがありません。

 

おばあちゃんの手縫いの浴衣を着て、線香花火の火を落とした庭石の形。

おじいちゃんに将棋の駒の動きを教わり、飽きる弟にしつこく何度も対戦を強制していた和室の縁側。

 

子供時代、学生時代、社会人になってからも、

蓄積された思い出が、家の中の目に触れるもの至る所から湧き上がってきます。

 

この歳になって、

「家ってこんなにも長い間、姿変わらずにい続けられるんだ・・・」

と、改めて感慨深さに触れることができました

 

人生を支える場である家という建物は、

「性能」とか「オシャレ」とか「住み心地」などの価値以外にも、

長年共に過ごすことで生まれる「記憶」という、かけがえのない価値を備えているものだと私は思います。

 

経年を楽しみ、時の移ろいを郷愁として感じる。

時代が変化しても、家という存在は皆にとって、

それぞれの人生と結びついて在るものではないでしょうか。

 

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